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「架空世界創作学」という学問
ファンタジーは、現実世界を改変した世界観を持つ「ロー・ファンタジー」と、完全架空の世界観を持つ「ハイ・ファンタジー」の2種類が存在する。
筆者の「想像地図」や、トールキンの「指輪物語」、そしてルイスの「ナルニア国物語」はいずれも後者であり、これらのように、「世界観を含めて完全架空のもの」をゼロから作るためには、全体としての矛盾が生じないようにする為に、ある程度の厳密性や精緻性が要求される。一方で、「作品」を指向している限り、芸術や文学という特性も当然ながら持っている。
本来、客観性と厳密性を要求する「科学」と、独創性や主観性を重要視する「芸術」「文学」は両立しない。しかし、このような「世界観創作」という作業は、科学と芸術・文学の両方の性質を持っていると考えることができる。
いまここで筆者は、こういう作業をする学問のことを「架空世界創作学」(imaginary world creatics)と呼ぶことにする。
架空世界を表現する手段としての「架空地図」というものを、他の表現手段と比べてみよう。
表現手段 媒体 描写可能な範囲 平等性 時間軸に沿う描写 一義性 作品の分割の可否
小説 文章 メインの登場人物の周辺のみ メインの登場人物とその周辺しか描写されず、それ以外の部分はかなりの部分で無視される 可能 文字しかなく、読者の想像にゆだねられる部分が多い 作品を分割してしまうと前後のつながりが分からなくなるので、意味が分からなくなる
漫画
映画
ドラマ
映像
演劇
絵画 描画者の視点の範囲内のみ 近くの物は大きく、遠くの物は小さく描かれる 不可能
架空地図 地図 縮尺を変えれば、どんなに広い範囲でも描写できる 描写する世界全体を同じ縮尺(大きさ)で描く 縮尺が定められていれば、距離は誰が見ても同じなので、一義性が高い 作品を分割しても、表す範囲が変わるだけで地図としての機能を保つ
小説では、例えば「太郎が歩いて駅まで向かった」という文章があったとしても、駅までの距離は何mなのか、そしてどんな経路を通ったのか、何分かかったのか、などは文章に書かれていない限り作者が想像するしかない。そのため、10人の読者がいれば10通りの解釈がある。
しかし、架空地図では、縮尺が1万分の1であれば、地図上の1cmは常に100mである。これは、見る人が誰であるかに関わらない。10人の人が地図を見れば、計算間違いをしない限り、全員が100mと答える。つまり、架空地図は、他の表現手段と比べて客観性や一義性が高い。
世界観を矛盾なく作り上げるに当たって必要な厳密性や精緻性。
それは、世界観をより深く作れば作るほど必要になってくる。筆者の想像地図のように、とてつもなく広い範囲の地図を描こうとすると、沢山の地名を作らなければならない。作者自身が混乱を避けるためにも、地名を「整理」する作業は必須である。また、惑星が球形をしていることに起因する「地図のひずみ」をどう処理するかも問題となる(筆者は正弦曲線図法を用いた)。
魔法が存在する世界を創作する場合であっても、世界観を「深く」「矛盾なく」作ろうと思えば、世界システムをきちんと設定しておく必要がある。もっとも、ある程度の矛盾を許容する場合は別だが、そうでないなら、魔法を説明する「法則」は設定する必要がある。現実世界の文明が科学を基盤に成立しているが、魔法が当たり前に存在している世界であれば、魔法を基盤に文明が成立しているはずだからである。従って、魔法を定量的に扱うシステムがあるはずである。
こういう世界観というのは、作るのに多大な手間がかかる反面、「取っつきにくい」ために読者を獲得しにくいのが難点である。誤解されにくいように厳密に作ったが故に、逆に「分かりにくそう」という誤解を「読む前に」与えてしまう。逆説的な話である。それゆえ、「商売」としては成立しにくい。したがって、「学問的芸術」として楽しむことになるが、価値観が多様化している現代、いつこういう芸術を楽しむか? 今でしょ!
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